突然だが、オレは凄いモノを手に入れた。
 だもんで、オレはちょっと悩んでいた。

 先ほどGM号はとある島から出航した。天候は安定、風もほどよくあって、航海は順調。となればオレとしては船の掃除でも始めるところなんだが、差し当たってキッチンに閉じこもって悩んでいた。
 この凄いモノをどうするか。
 出航直前、頼んでおいた調理酒を取りに行くついでにチョッパーに湿布薬のおつかいを引き受けて薬局に行った。そこでなんだかオマケつって貰ったのがコレだ。
 香水のミニボトルみたいな茶色の瓶には無色無臭の液体。

 これが何かっつーと、惚れ薬だ。

 意中の相手に飲ませれば相手はメロメロとゆう、アレだ。
 飲んだ後、最初に見た相手に惚れてしまうとゆう、アレだ。
 どうよ! 凄くねえ!?
 つっても、オマケで貰った惚れ薬だ。効果があるかは疑わしい。つーか胡散臭い。得体が知れない。
 つっても、惚れ薬だ!

 これをナミさんに飲んで頂いてオレにフォーリンラブになって頂くというのは悪くない。紅茶にでも混ぜてお出しすれば間違いなくオレの思惑通りだ。非常にナイスアイディアなんだが。
 そーゆうことをするのは人道的にどうなのかとかいうより、だ。
 目下オレの頭を悩ますのは、コレが本当に効き目があるのかどうなのか。効き目がなければガッカリだ。それから人体に悪影響があるのかないのか。効き目がないくらいならまだいいが、これでナミさんの体調が悪くなったりしたら大変だ。そして最大の問題点は、味は一体どうなってるのか。とんでもなく不味いものを紅茶に混入するなんて、惚れ薬だろーがオレは許さん。
 そんなわけで、オレは惚れ薬を1滴垂らしたアイスティーをテーブルに置いて、悶々と悩んでいるわけである。

 人体実験が出来ればいいんだが。それこそ味なんか自分でちょっと確かめてみればいいんだが。何せこれは惚れ薬だ。自分で飲んで、まかり間違ってとんでもねーもんに惚れてしまったら大変だ。
 ああ、どうしよう。
 ナミさんとのラブラブランデブーまで最短距離の、千載一遇のチャンスなんだが。
 コレが惚れ薬でなくておかしな薬だったりしたら大変だし。
 つーか、味だよ。
 このオレが、紅茶に得体の知れない不味いモン混入してしかもそれをナミさんにお出しするなんて、そんなことはあっちゃいけねーだろ。
 料理人失格だろ。
 そんな奴はナミさんに惚れて頂かなくてヨシだ。
 
 アイスティーの氷が溶けて、カランと音がした。このまま放っとけば氷は全部溶けて、ナミさんに出すことなんか出来なくなるが、ここはよく考えるところだ、多分。オレは頭を抱えた。

 別にわざわざ惚れ薬なんか使わなくても、オレはこの通りナイスガイだし、ナミさんはオレにラブなんだけどさあ。
 …ってゆう予定なんだけどさあ。
 大体ひとの心を薬使ってどーにかしようってのは卑怯だよなあ。
 そんなのは、相手を尊重してねえ、ジコチュ-な奴のすることだろ。
 男なら自分を信じて当たって砕けろ、だ。
 でもなー…。
 『惚れ薬』ってものすげー甘美な響きがすんだよなあ…。

 バタン、とドアの方で音がした。風でドアが閉まったか。頭を抱えっぱなしのオレには判らない。
 
 つってもオマケで貰ったもんだ。何も起こらない方が自然かもしれない。
 心配するだけ無駄だった、てパターンになる気がする。
 ただの水とかかもしれねーし。
 本当に惚れ薬かもしれねえし!
 試してみてもいいかなあ。どーかなあ。
 あークソ、悩む。
 どーしよう。

「オイ、アホ!」

 突然、声が聞こえて我に返る。
 顔を上げれば、何時の間に現れたんだか、緑頭の腹巻き剣士がテーブルを挟んで真正面に立っていた。
 あ、しまった。『アホ』で反応してしまった。

「どうした。頭が痛えのか」
「いや別に。ちょっと考え事」
「そーか」

 腹巻きはあっさり納得して、手に持っていたグラスをテーブルに置くとドアに向かった。
 つーか、…グラス。
 さっきまで惚れ薬の入ったアイスティーが注がれていた、今は空っぽの、グラス。
 …を、このアホ腹巻きは。

「ちょっと待てクソ剣豪ッ! おま、おまえ、コレ、飲んだ…っ?」

 まあ、飲んだんだろう、状況から察するに。
 ああ、なんだか、悩んだ結果が見事に滑ってオチたかんじだチクショウ。

「あぁ? ちゃんと断っただろ」
「あ、そうなの? それはいいけど、…不味くなかったか?」

 ゾロは眉間に皺をぎゅーと寄せて変な顔をしている。また、何言ってんだコイツとか思ってるんだろう。あーもー放っとけ。

「別に」
「じゃあ、なんか身体に変化は」
「? …別に」

 ゾロが仏頂面して簡潔に答えてくれた。オレはどっと疲れた。
 アハハ、これだよ。やっぱ心配するだけ無駄なパターンだったよ。
 サラバ、オレのドッキドキドリーム。ほんのひとときだったけど、なかなか楽しかったぜー。
 オレは心の中で、遠ざかっていくナミさんとラブラブな自分の姿にまた会おうと手を振った。

「なんだよ。ありゃ茶じゃねえのか」

 ぐったりとテーブルに両手を付くオレにゾロが聞いた。つかもうオマエ用ないんだけど。

「いいええ。普通にお紅茶ですよお。惚れ薬入りのー」
「!?」
「ホラこれ。やるわ」

 驚く腹巻きにオレは興味を失ったというかもはやなんだか忌々しい惚れ薬の瓶を投げた。

「たった今人体実験で、効果のないことが判明したけどな」

 オレは朗らかに笑ってやった。腹巻きがわかりやすくしかめっ面で渡された瓶を眺めている。意味ねーもんを貰ってうんざりしてるのは明らかだ。
 しかしオレは腹巻きにささやかな嫌がらせをすることで少し気分が晴れた。ゴメンネクソ剣豪。オレの機嫌回復にたまには協力しやがれってことだ。

「…なんだってんだ…」

 オレが再びお茶の準備に取りかかると、クソ剣豪はブツブツ言いながらラウンジを出ていった。

 なんかおかしーな、と気付いたのは、それから3日くらい経った頃だ。
 まぁ、もともとオカシイ奴ではあったが。それにしたって腹巻き剣士の様子がオカシイような。
 2回朝飯ボイコットされて、ようやく気付いた。
 なんだか、夜中に起き出して筋肉を養成しているっぽい。別にそのこと自体はそれほど珍しいことじゃなかったが、ここんとこ連チャンでやっているようだ。
 たいがい男部屋に帰って寝るのはオレが一番最後なんだが、ウトウトし始めた頃になんだか物音。周りを見ると謎アホ剣士が消えていて。朝んなって甲板に出ると、朝っぱらから暑苦しい汗吹き出してバカでかい重りを素振りしている奴がいる。そんで奴はその後部屋に帰って寝ているらしく朝飯を逃す。と、そういうパターンになりつつある。
 なんでまたわざわざ夜中に起き出してカラダ鍛えなきゃなんねーのか、オレにはよく判らない。世界一の剣豪なんて途方もねーもん目指してる奴だから、なんか焦ってるのかもしれないが。

 オレの飯を食わないというのは一体どういうことか。
 大体、効率良く体を鍛えたいなら、夜は寝て朝飯食った方がいいっつーの。
 まあアホだから効率がどうとかは判らなくてもだ。オレの飯を食わないというのは非常に腹立たしい。ムカつくほどにアホだ。
 あんなアホな子、死んだらいいのに。と思うくらいムカつくが、死なれたらオレはさらにムカつくだろう。

 とゆうわけで、オレはわざわざアホ剣士のために果物と野菜のミックスジュースなんか作ってやってるわけだ。生野菜や果物は船の上では貴重なモンで、ほかに使い道はいくらもあるんだが。今日もなんだか必死で汗臭く腕立てなんかやってるアホが死なないように、勿体ないが使ってやろうってわけだ。
 ああ、オレって優しい。天使のようだ。
 ピッチャーにいっぱいジュースを注ぐと、オレは足取り重くキッチンを出た。
 よく晴れた、暑いくらいの午後。船首の方ではナミさんがパラソル立てて、非常に爽やかに新聞を読んでるってのに、オレの向かう船尾は雲泥の差で男臭い。アホ腹巻き1人いるだけで、どうしてこう、密閉空間でもないのに空気が違うのか。

「オーイ、腹巻き。お差し入れ持ってきてやったぞー」

 げんなりしながらも、オレはドエライ速さで腕立てを続けるゾロに声を掛けた。
 しかしこのアホ、オレをぎろりと睨み付けるだけで、腕立て伏せを止めようとしない。なんだそりゃ。無視かよ。邪魔すんなとでも言いたいのか?
 もともとムカついてたから、そこでムカつくのは簡単だった。
 が。
 そこでオレは、アホの体の下に汗の水溜まりが出来ているのを発見してしまい、視覚的な暑さに怒りが萎えてしまう。

「………なぁ、脱水症状起こすぞテメエ」
「うるせえ、あっち行けアホ」
「なんだそりゃ。ガキの喧嘩じゃねーんだから、ちょっと話聞きなさい」
「……」

 諭すように言ってみたが、ゾロは何も言い返さなかった。というか、これは、無視だ。顔を背けて、腕立て伏せに熱中している。
 なんなんだよどーゆうつもりだこの筋肉マリモ。
 別に喧嘩売るでもないときは、ちゃんと話聞いてくれてたと思うんだが。なんだよ機嫌悪いのか?
 世界一の剣豪目指して焦って、気が立ってんのかな。
 そう考えると、なんだか哀れになってきた。もともと、持ってきたジュースは無理矢理にでも与えるつもりだったが、オマエみたいなアホな子知りません、と立ち去る気がまったくしなくなってきた。

「なぁ、朝飯、ちゃんと来いよ。体にいーもん作ってるから。食わねーと力出ねえだろ。ブッ倒れたら元も子もねえぞ」

 なんだか説教なんか始めてしまった。
 アホは相変わらず無視っぱなしで、こっちを見ようともしない。
 ああクソ、でも声くらい届いてんだろ。

「眠いときは寝たらいいけどさ。腹減ったら、いつでもいーよ、オレんとこ来い。なんか作るから」

 ああ話が続かない。もっとこう、オレの怒りをぶつけてやりたい気もするんだが。
 必死で筋肉養成に熱中しているアホを見ていると、そんなこと言ってる場合でもない気がして。
 しばらく無言。
 どうにか、ちゃんと朝飯食うように、アホに話して聞かせようと言葉を考えたが、大体は先に言ってしまったことで、それ以上は見付からなかった。

「…これ、飲んどけ。水分と、栄養補給」

 ごとん、とアホの目の前にピッチャーを置くと、オレは船尾を後にした。
 なんだかな。こう、ことごとく無視されてんのにムカつきもしないってのは調子狂う…。
 まあ言いたいことは言った。はずだ。これでまた、あいつが朝飯に来なかったら、そんときは蹴る。それでヨシとしよう。うん。

 とか、考えていたら。
 置いてきたピッチャーは、しっかり空になって返ってきて。

 翌日から、アホはしっかり朝食を食べるようになった。相変わらず夜のトレーニングは続けているようで、早朝、ほぼオレと入れ違いに部屋に帰っていくが、朝食の時間には、起きてくる。
 オレの説教が効いたのか、さすがのアホも学んだのか。
 まあ、良いことだ。と、思っていたが、あの野郎、今度は夕飯に来ない。

 どーゆうことだ!!
 なんなんだ、一日二食派か!? ダイエット決行中か!?

「ゾロ、今度は夕食に来ないのね」

 空席をオレがよほどすごい形相で睨み付けていたせいかナミさんが呆れたように言った。

「どっか調子悪いのかな。オレ、みてこようか」
「いや、それはねえだろ。昼は普通に食ってたし、そのあと元気に体鍛えてたぞ」

 チョッパーが心配そうな顔をするが、ウソップがフォローした。確かに、体の調子が悪いとは思えない。おかわりこそしないが、あいつは与えたものはきっちり平らげている。

「ゾロなら部屋で寝てたぞ。どっか痛ぇようには見えなかったけど」

 ルフィが口いっぱいに肉を頬張ったまんま言った。
 …寝て。
 つまり、今までの朝のパターンがそのまんま夜になったってわけか。
 ああ。何考えてやがんだあの野郎。
 確かにオレは、朝飯を食えと言って、そんで確かに朝飯は食うようになったけど。だからって夕飯食わなくていいとは誰も言ってねえだろ!
 オレはがっちゃんと水の入ったピッチャーをテーブルに置くと、扉に向かった。

「起こしてくる」
「ちょっと待った」

 そこで、ナミさんに何故か止められて、振り返る。

「あんたたち、なんか揉めてんの?」
「…は? モメ…?」

 オレにもよく判らない疑問を吹っかけられた。当然、答えようがない。あんたたちってのは、オレとゾロがってことだろうが。揉めてるなんて初耳だ。知らなかった。いや知らなかったってゆうか、別にそんな事実はない。

「そうなの? ゾロがサンジくんを避けてるよーな気がするんだけど。気のせい?」
「あら。私もそう思ったけど」
「あ、やっぱあれは避けてたのか」
「あれ、最近喧嘩してるの見ないと思ってたけど、喧嘩中だったのか?」

 ナミさんにロビンちゃんにウソップにチョッパーが、口々にゾロがオレを避けているらしいと言う。
 そんなのは初耳だ。
 ゾロはオレを避けて、たのか? オレは避けられてたのか?
 むしろ最近よく目が合うなー、とか思ってたんだが、そうだったのか?

「いや、別に喧嘩は、してねえ、と、思う」
「何それ。心当たりあるんでしょ?」

 ナミさんの言葉に、オレは心当たりを考える。が、避けられているなんて事実を今の今まで知りもしなかったオレには、そんなものどこにも見当たらない。
 考えてみると喧嘩どころかここんとこマトモに口もきいていないことを思い出す。
 ああ、避けられてたんだ。気付かなかった。てか、なんで気付かないんだオレ。
 そういえば、食事のとき以外、ゾロの姿を見かけないようになっていた。こんな狭い船の中で、あり得ないようだが、確かに、ゾロはオレの視界に入って来なかった。
 ゾロが、意識してそういうふうに立ち回らない限り、そんなことは不可能だ。
 てことは、やっぱり、オレを避けてた、と。
 …うそ。なんで。オレなんかしたか?

「いや、…全然」

 自分で感じるより遥かに、ゾロに避けられていたという事実はショックなことだったらしく、オレの台詞はびっくりするほど落ちていた。
 自分で言ってびっくりしているくらいだから、周りはもっとびっくりしていた。なんだか深刻そうな顔をさせてしまって、やっとオレはああこれじゃいかんと気付く。
 オレは、アホ剣士に無視されたところで痛くも痒くもねえぞー。

「っつか、避けてるってのは気のせいでしょ。昼間、オレがあいつのこと暑苦しいっつったから顔合わせないよーにしてるだけかもしれねえしアホだから」

 まあ、そんなことは言ってないんだが、それっぽい下らない理由を付けてみた。あんまり心配されたりとかってのは、遠慮したい。何故ならオレは、常に爽やかなナイスガイだからだ。

「まーそんなわけだから。呼んでくるわ」

 オレは再び扉に向かった。食事の時間に起きて来ない奴を呼びに行くのはオレの役だし、そーすりゃあいつがどーゆうつもりかも判んだろ。
 正直、喧嘩も出来ねえくらい拒絶される図なんか想像して、心臓が倍速くらいで鳴っていたが、気付かないことにしておく。

「私が行くわよ。サンジくんはここで待ってなさい」
「ええ? ナミさんにわざわざそんなことさせるわけに、」
「あんたが行っても、どーせ話になんないでしょ」

 ナミさんがオレの言うことを無視して立ち上がった。オレを押し退けて、さっさと扉の向こうに消えてしまう。

「ナミさーん、」
「任せておいたら? 変に溝を深くする自信あるでしょ?」

 ナミさんを追い掛ける背中から、ロビンちゃんの声。ああ。的を得ている。
 オレは言い返す言葉が見付からなくて、そのままラウンジに残った。